昭和アイドル歌謡の固定イメージから脱却

アイドルサイン
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【女は12歳で夢中になったものが100歳まで脳内に残る】

みなさん、こんにちは。

「リタイアinラスベガス」のマーゴです。

昭和のアイドルと歌謡曲!

1970年代ー私達シニア世代(特に60歳代)が10代の頃、J-POPというジャンルではなくまだ「歌謡曲」と言われていた時代に成長期を過ごしてきました。

まさに70年代アイドルとともに過ごした夢のような時代。✨

昭和アイドルと歌が、私達”ティーン”の恋愛や友情、学校生活を彩るエッセンスでした。

しかし、ある時マーゴは気づいた! (えっ! またよからぬこと?)

これらのアイドル曲の歌詞には一つの秘密が隠されていたことを。

アイドルの女の子が可愛く「女の子の気持ち♡」を歌っていても

その女の子の気持ちは、ほとんど男性作詞家が作ったものなんだと。

昭和の男性に作られた歌謡曲の「女性の固定イメージ」が今になってシニア女性を苦しめているのかも

例えば、介護や熟年離婚で悩んでいる令和シニア女性は

ひょっとして昭和の呪縛から抜け出せずに悩んでいるのかもしれません。

昭和の芸能界大好き!な私達が、昔のキラ星✨の思い出を大切にしつつ、

昔の歌詞が「男性の願望」から来てたことに目を覚まし、

当時のアイドルの作られたイメージや歌の歌詞からくる固定観念から脱却し、

令和時代の今に生きるオトナ女性として、家族や男女関係、人間関係の束縛から解放され

「生きたい自分」になる方法を探究していきましょう。

引用元:https://youtu.be/ru7TKAHQ-ew?si=HU_vdQvmxV6XjRJ-
激しい恋(1974年)西城秀樹

みんなヒデキのスタンドマイク・アクションを真似しました!掃除中ほうきを使って。

(実は私はひろみ派でした。。)

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目次

昭和のアイドルと躍った私達シニア

【女は12歳で夢中になったものが100歳まで脳内に残る】

と、昔とある脳科学者が言っていたのを思い出した。

テレビをつけるといつもこの人がいた!清純派国民的アイドル天地真理。

引用元:https://youtu.be/ME1gUJrYn28?si=GSNM_NZakhtrqpfi
天地真理 – ひとりじゃないの (1972)

今のシニア世代が10代だった頃、テレビをつけるといつも歌番組があり、キラキラ輝くアイドルが歌って踊っていました。

歌番組の翌日は学校でアイドル歌手達の衣装や髪形、振り付けや仕草、歌の前にしゃべった内容などをクラスメートと勉強以上に熱く語り合ったものです。

まさにアイドルと共に躍ってモエまくった貴重な青春の1ページでした。

今回は主に1970年代前半に流行った昭和ど真ん中アイドル曲だけを挙げますね。

天地真理(王道!)水色の恋、ひとりじゃないの
南沙織 17才、純潔
小柳ルミ子わたしの城下町、瀬戸の花嫁
麻丘めぐみ芽生え、わたしの彼は左きき
山口百恵青い果実、ひと夏の経験
桜田淳子天使も夢見る、私の青い鳥
浅田美代子赤い風船
沢田研二あなただけでいい、危険なふたり
西城秀樹情熱の嵐、激しい恋
郷ひろみ男の子女の子、小さな体験
野口五郎 青いリンゴ、オレンジの雨

これはほんの一部にすぎません。

たまにテレビやYouTubeで当時のビデオを見ると私のようなオバサンは夢見るティーンに逆戻りする!

「あ~あの時はよかったなあ♡」

「あの日にもどりたい。」

と、ため息をつく。

思えば女の子の成長期の一番難しい時期に、アイドルとヒット曲が知らず知らずのうちに

・恋愛のマニュアル

・人生のお手本

固定イメージとして脳内に刷り込まれたといっても過言ではないでしょう。

でもその恋の手ほどきや生きる信念は、私達より20歳も年上の男性に作られたものと気づいたらどうでしょう?

私達が憧れた世界は当時の男性作詞家たちによって理想の女性像が男性都合の良いイメージで描かれていたのではないかー。

「女性はこうであってほしい。」

「女性は処女であってほしい。」

「女性は 無知(純粋)で恥じらっていてほしい。」

「男が上がる為に女には一生支えてほしい。」

「僕一人だけを死ぬまで愛してほしい。」

女の子の気持ちは昭和のおじさんが作ったもの。

当時流行った幅広のネクタイにサングラスにひげのヘビースモーカーのおじさん達が、大衆心理を操作し、会議に会議を重ねてアイドル達を「理想の器」にパッケージして売り出していたのです!

アイドル歌手と共に楽曲が

「ヒットするように。」

「レコードが売れるように。」

「商業的に利益が上がるように。」

「他のレコード会社に勝つように。」

「レコード大賞新人賞が獲れるように。」

もちろん、こんなことを言っている私もアイドルの歌ってること話してること全てが青春の黄金律だと信じ切っていましたっ!!

私は気づくのが遅すぎた。私の女性としての生き方は「ヒゲのおじさん」に洗脳されてきた事実を。

昭和のヒット曲と固定イメージ

今や地下アイドル御用達ヘアスタイルの元祖・麻丘めぐみの「姫カット」!

引用元:https://youtu.be/h27mnsa5gzw?si=mHP_dubY_lqTaRA1
元祖モデル出身アイドル麻丘めぐみの代表曲「わたしの彼は左きき」

昭和のヒット曲の裏に男あり!

数々の昭和ヒット曲の作詞家は大概が男性なのです。

天地真理 ひとりじゃないの【久世光彦】(別名:小谷夏)
麻丘めぐみ芽ばえ、わたしの彼は左きき【千家和也】
桜田淳子私の青い鳥【阿久悠】
山口百恵 青い果実、ひと夏の経験   【千家和也】
小柳ルミ子         瀬戸の花嫁 【山上路夫】
野口五郎  青いリンゴ【橋本淳】
郷ひろみ  小さな体験 【橋本淳】

決して決して昭和の巨匠たちをディスるわけではありません。

あくまでも私の独断と偏見ですが、歌の文言にツッコミどころ満載なのです。

例えば、麻丘めぐみの「芽ばえ」作詞家、千家和也 … ♪もしもあの日あなたに会わなければ…この私はどんな女の子になっていたでしょ。…もうあなたのそばを離れないわー♪

あまり歌唱力のないめぐみちゃんが最後のパート「離れないわー」の高音パートを苦しそうに歌ってるのがかばってやりたくなる小学生だった私。

「出会う男の人によって女性の人生は変わるものだ。そしてその人のそばを絶対離れてはいけない。」

と、めぐみちゃんはお姫様カットで私達に伝えていたのだ。

あの可憐ではかなげな麻丘めぐみが歌ってるから真実味があるし、ウチら女性はああじゃないと、いい男性にめぐり会えない構図になっている。恥じらってこそ恋愛は成就すると。

全てイメージ作戦である。

そして全国民の恋人・天地真理。若い女性は歌詞の通り「白雪姫」でなくてはならない。

楽曲の「ひとりじゃないの」作詞家、久世光彦 ….♪一粒の涙を返したらその時が二人の旅のはじまり~ひとりじゃないってステキなことね。ふたりで行くってステキなことね。いつまでもどこまでも~♪

今こうやって口ずさんでもすごくさわやかーで草原が輝いてるのが浮かぶ秀逸な歌。

とはいえ、ぜったい誰かとカップルにならなきゃ!とかそろそろ結婚しないと爽やかでなくなってしまう。

ひとりでいるってダサいことね。

いつまでもどこまでも~は誰でもが求める理想で、永遠に愛は続くものである。続かないといけない。

まさかそんな本音を天地真理が歌ったら絶対レコードは売れない。

これも戦略的に固定されたお決まりイメージなのです。

当時の人気アイドル天地真理にしろ、麻丘めぐみにしろ、中三トリオにしろ、ましてや小柳ルミ子まで

当時女性に求められていたのは「処女性」「清純さ」。

柔らかな頭の十代は毎日これらのマントラを喜んで潜在意識の中に刷り込んでいった。

歌っていたのは女性歌手だけど、作り手は男性作詞家。レコード売上を伸ばす為に。

「女の子の気持ち」と思われていたものは実は「女の子にはこう思っていてほしい」「女の子にはこうあってほしい」という男性の願望だったのです。

「女の子は純真無垢であってほしい」

「できれば無知であってほしい」

「女性は恥じらっていてほしい」

「処女であってほしい」

「恋愛や幸せはなるべく困難ありきで成就するものであってほしい」

「どんなに苦しくても尽くしてほしい」

「女の子は(アイドルは)自己主張しないでほしい」

「女は一生涯一人の男性を愛してほしい」

「涙にくれててほしい」

でも待てよ!これらの理想の女性像は昭和時代にマッチしていたからですよね。

男性がすべて会社の正社員になれて、夏と冬のボーナスがキチンと支給され、終身雇用でリストラの心配もなく退職金もバッチリもらえていた時代背景だったので、

女性は妻は専業主婦でも余裕で3人子供を育てていた昭和。

少々嫌な事があっても添い遂げられる理由があった。

尽くし甲斐がたくさんあった。

ド昭和が女を束縛する

【昭和の固定観念がシニア女性を束縛する】

特筆すべきは

キラ星アイドル達がどんなにがんばってもランキング一位の座を阻んだ2大ヒット曲。

「女のみち」 ぴんからトリオ

「なみだの操」 殿さまキングス

あの時代アイドル歌謡が台頭し始め、演歌は少し下火になり始めてきたころ、なぜかこの2大ド演歌が大ヒット!

制作側も「今さら演歌は売れるはずがない」という反対意見にあえて時代に逆行したコテコテのド演歌を

二組の長い下積みの実力派芸人コミックバンドを互いに対抗させる形で歌わせたそう。それが空前の大ヒット!!

だから先述のアイドル達とは一線を画して歌唱力抜群さに加え

「ついにワシらが日の目を見るときが来たんやー!」と言わんばかりの殺気だった歌唱パフォーマンスが今も印象的。これは売れるわ。

演歌が苦手な私達十代もいやでも覚えるほど聞かされた。

またこの歌詞がメガ男目線です。

「うぶな私がいけないの~♪」 一応「うぶ」なのを否定してる体で承認してんじゃないかー

「お別れするより死にたいわ。女だから~♪」 どういうロジック? でもテレビの人が言ってるんだから間違いないと思わせてる。

これらの名曲の作詞家ももちろん男性。特に殿さまキングスの「なみだの操」の作詞家は千家和也。

先で述べた麻丘めぐみ、山口百恵の作詞家でもあり、「女性の貞操」の唄の仕掛け人スペシャリストなのです。

『女のみち』『なみだの操』も言わんとしてることは、女ごころとは、

「守りとおす」

「捧げる」

「尽くす」

「耐える」

「忍ぶ」

「別れるより死ぬ」

「一生尽くす」

「むせび泣く」

「すがって泣く」

もうお腹いっぱいです。

私たち女はこうやって地を這うように生きていかねばならない。

もっとムカつくのが、

その当時のオトナの一般男性が「ほら、みんながそう歌ってる通り、女はこうでなくてはならないんだぞ」と潜在的に私達にイメージを植え付けていたこと。

その男性たちももう70歳~80歳代でしょうね。

夫婦仲が上手く行ってる方、介護を奥さんにしてもらっている方、熟年離婚されてしまった方がいらっしゃるでしょう。

女性もそうです。あの頃10代だった世代は、今60歳代。

あの頃20歳~30歳代だった女性は70歳~80歳代。

ご主人と仲睦まじく暮らしてる方、旦那の介護に手を焼いてる方、熟年離婚したいけど我慢している方。

シニア世代の女性は

「本当は人生をこう変えたいけど、何かの固定観念が邪魔してできないでいる」

という方も結構多いのではないでしょうか。

もしかして、私達は昭和の輝いていた良しとしていた考えやイメージをそのまま信じ続け、平成が過ぎ令和に取り残されてしまっているのかもしれません。

昭和マインドからの脱却

引用元:https://youtu.be/G0HmV2krjHg?si=BiVBPcL4vzKChG4c
花とみつばち 郷ひろみ1974紅白

当時ジャニーズ事務所所属の郷ひろみ。北島三郎、菅原洋一、美川憲一らが応援どころか憮然としてるのさすが昔の紅白!

大御所たち「ジャニーズ事務所なんちゅう衣装を!」「郷ひろみの売り込みに本気なんだな!」目線で見てたと思う(笑)

昭和の”束縛”から”波乗り”の令和へ

昭和の束縛から令和の自由へと言いたい所ですが、

令和は自由を超えた「怒涛」の時代かと思うのです。

波を読んで大波に乗っていく時代じゃないかと。

昭和40年代、銀行預金の利息が6%のいい時代でした。

まじめに働いてコツコツと貯金していれば10年後、20年後は大きな利息がついてまとまったお金を確保できていた時代。もちろんどの人も多額のボーナスも支給されていましたね。

もちろん会社勤めをしていればイヤなことはあるにせよ、ちょっと我慢すればもうすぐ夏のボーナス、冬のボーナス!

ちょっとやそっとのことで辞めさせられることもありませんでした。

我慢すれば報われていた時代だったのです。

なので、私達女性も先述した「昭和アイドルのお決まりのイメージ」の

純真無垢さ、従順についていくこと、尽くすことしかできないわ♡の私でよかったのです。

それですべて願いが叶っていたレトロないい時代だった!

しかし

今や銀行の利息は0.1% 

これでは利息がつかないどころか、真面目に貯金していても目減りしていくばかり。

「純真無垢」に人を信用したばかりに大切に貯めていたお金は特殊詐欺グループに根こそぎ取られてしまうご時世です。

「積み上げていった」昭和と違って令和ってホントに何が起こるかわからない。「怒涛」のように大きな変化が来る時代。

先で述べたアイドル業界でも、決して崩れないと思われていたジャニーズ事務所のような巨大芸能事務所でさえネットによる告発一つで数カ月で崩壊してしまう時代です。

この変化の激しい時代に昭和の縛られた固定観念だけではいい波に乗れず違う波に翻弄されてしまう。

昭和デトックス実践法

【悩んだらヒゲのおじさんを思い出そう】

ヨメ姑問題、長年の介護、熟年離婚、職場での人間関係などいくつになっても悩みはつきないものです。

切実に悩んでいることも、実は昭和の女性を縛る常識があなたを深く悩ませているのかもしれません。

何か具体的なことで悩んでいたら、ふと思い出してください。

果たしてこれは本当の自分の気持ちなのか、それともヒゲのおっさん連中が考えた固定観念なのか?と。

例えばほんの一例

【昭和の悩みのデトックス法】

ヨメ姑問題 ➡ ヨメが孫を見せてくれない ➡ 歌謡曲の「孫と遊ぶのが至福」は作詞家が書いたこと。

介護が辛い ➡ 私が我慢していつまでもどこまでもやらないと! ➡ あれは久世光彦が書いたこと。

熟年離婚したい ➡ でも夫婦である以上添い遂げなくては! ➡ 千家和也に「離れないわ」歌わされた麻丘めぐみも離婚している!

職場の人間関係 ➡ 関係悪化の私はダメ人間 ➡ 「みんなと楽しく」はおじさんの会議室で生まれた言葉にすぎない。

などなど、こじつけでもいいから作詞家が作ったお決まりイメージなのだと自覚してみましょう。

今私を縛りつけてる考え方ってこれ、

しょせん昭和のひげのおじさんが刷り込んだ固定イメージなんだと。

それでも、足りないなら

「この私の真剣な悩みはヒゲのおじさん達がタバコの煙モクモクの会議室で編み出した考えで、ヒットすればワレ関せずで会議後に銀座のクラブで豪遊してたに違いない!そんなものに束縛されてるワタシ!」と想像してくださいっ! 

すると意外とシンプルに問題が解決するかも。

(なんだか「ヒゲのおじさん」の語彙をここで一生分使ってしまいました!!)

そうです!

生きづらくなったら、「ヒゲのおじさん」を思い出そう!です。

昭和の苦しさが浄化され心なりとも軽くなっていくのではないでしょうか?

まとめ

①シニア世代は十代の頃70年代アイドルに満たされていた。

②シニアは70年代アイドルと歌謡曲に多大な影響を受けていた。

③昭和歌謡の女性心の唄の歌詞は男性作詞家によって作られた。

④昭和歌謡曲の女性の心は男性目線の理想のイメージにすぎない。

⑤昭和の固定イメージが未だに女性の心を束縛している。

⑥昭和の常識で令和時代を生きるのはリスキーである。

⑦令和時代のシニアは時々昭和の苦しみを浄化しよう。

みなさんのリタイア生活が少しでもフワッと軽くなっていただけたら幸いです。😊

 クリックできます~🎢 

次回の記事「理想のリタイア生活へ:日本とラスベガス」です。

どうぞお楽しみに😸  Stay Tune ❗❗

最後までお付き合いいただきありがとうございました。

コメントなどございましたらお気軽にどうぞ!

では~Good Luck ✨✨

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💟P. S. みなさんもキラキラをWEBで伝えてみましょ!💻☕📲☕

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